町に飛び出せ
落語家や講談師が飲食店などで勉強会を開いているのを見て、福太郎も町に飛び出して勉強会を開き始める。都内だけで4ヵ所、他県も含めると6ヵ所になった。第二金曜日夜には墨田区のお好み焼屋、第三金曜日夜は新橋烏森神社近くの寿司店、第四金曜日には足立区の後援者の自宅。小岩のクラブや茨城県日立市にも勉強の場を設けた。
みんな知り合いを頼って、やらせて貰っているんです。木戸は五百円。20人から30人のお客さんです。珍しさもあるんでしょうけど、木馬のお客さんに較べると、二世代は若いですよ。それこそ膝つき合わせて。だから仰々しいタンカなんか通用しない。そういう意味では対話の勉強になります。 (「浪曲ファン」110号 昭和56年6月号)
最大の収穫は一つの演題を場所、時、観客を変えて、木馬亭の勉強会を含めて7回やれること。演題を練り上げるには絶好の場だ。「浪曲の世界に入って13年目。まだこれといった得意ネタもないし、この勉強会でお客をつかむコツがわかれば」とも述べている。同じ会場で同じネタは繰り返さないというルールも決めて観客の反応を身近に感じながらの口演を続け、笑いの多い演目が喜ばれることも実感した。
ただし、知人に集客をゆだねているので、批判的で厳しい観客もおり、「連続ものの中の一席だけを演じても前後のつながりが分からない」とか、「節をもっと新しいものにしてほしい」といった意見もあった。しかし、それもこれも福太郎には想定内の反応だった。
「青龍刀権次、好きだよ」と言ってくれる人もいれば、「権次なんかやっていては…」と心配してくださる方、「嫌いだ」とはっきりおっしゃる方もいる。十人十色、百人百色…。 (「月刊浪曲」268号 2004年8月号「浪曲日記」)
作品をものにしたいという確固たる信念のもと、まい進していった。ネタ下ろしから10年ほどたった頃、三鷹の喫茶店で行なわれていた落語会にゲスト出演した福太郎が「青龍刀権次」を演じたところ、観客は啖呵で笑い、節で喝采した。一席のネタが一人の演者の十八番になるにはそれだけの時間とエネルギーが必要となることもあるということである。
ブレーンを養成
1989年、元号が「昭和」から「平成」と変わった年に福太郎は一大決心をする。浪曲に興味を持つ20代後半の若者たちに公演制作を任せて文化庁芸術祭に参加しようと考えたのだ。浪曲作家として歩んでいきたいと表明していた稲田和浩に新作浪曲を、浪曲編集部の面々に当日の表方と舞台裏の進行を依頼した。そして稲田が書き上げた「浪花節じいさん」と古典の「陸奥間違い」の2席を磨き上げていった。この時、功を奏したのが各地で行っていた勉強会だ。若いブレーンの感想にも真摯に耳を傾け、2席とも納得のいくまで練り上げた。芸術祭参加に合わせて急遽開催された勉強会もあり、その執念にはすさまじいものがあった。
こうして迎えた1990年(平成2年)10月28日。浅草・木馬亭で「第7回 玉川福太郎独演会」が開催された。福太郎にとっては3度目の芸術祭挑戦だった。みね子は育児のために休業中だったので、名曲師、加藤歌恵に三味線を依頼した。
「陸奥間違い」
「陸奥間違い」は旗本の穴山小左衛門(あなやま こざえもん)が年越しのやりくりに行き詰まり、同僚の松野陸奥守に借金を願い出る話。下男に手紙を持たせて松野の屋敷に向かわせるが、下男は行き先を忘れてしまう。床屋に入り、客の隠居に手紙を見せたところ、宛名が「松野陸奥守」の「野」の字を抜いた「松 陸奥守」となっている。学のある隠居は、目上の人に敬意を表すために相手の名の一字を抜く闕字(けつじ)だと理解し、「松平陸奥守」に宛てたものと判断する。松平陸奥守とは将軍家から伊達家に与えられた姓だ。下男は教えられたまま伊達家に赴き、書面を渡す。文面には「大晦日が越せないから三十両貸してくれ」とあった。伊達侯は将軍家の家来である旗本が外様大名である伊達家に無心をしてきたのは、伊達家を大名の中の大名と見込んでのことだろう、ならば「三十両」は「千」を「十」と書き誤ったもの、無心の額は「三千両」だろうと考える。こうして間違いがどんどんと広がり、四代将軍家綱侯の裁断を仰ぐまでになっていく。二代目広沢菊春が得意としていた演目だ。
福太郎は前半を笑いで進める。そして将軍家の家来である穴山が外様大名の伊達家から援助を受けることになってしまって進退窮まり、切腹も覚悟して江戸城で幕閣の指示を仰ごうとするくだりでは重厚な「勘違い」という節を使った。「この節はなるべくゆっくり唄わないといけないと言われている。この速さならと思っても、『速い』と先輩たちに言われてしまい、難しい」と福太郎が語っていた節だった。三味線の間合いに合わせ、穴山の苦渋が際立つ節遣いを見事にやってのけた。家綱が登場する場面では三味線の音が格調高いものへと変化。笑いから緊張、そして感動と安堵による笑いへと変化する一席を菊春とは異なる独自の色合いでまとめあげた。
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