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横浜にぎわい座は、落語、漫才、大道芸などの大衆芸能の専門館です。

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第4回.うたざいもん

 

うたざいもん 
  1984年(昭和59年)8月、武春は原宿アコスタジオで「うたざいもん」を開始する。津軽三味線の佐藤通弘との共演で、放浪芸人の歌い手タケ坊と三味線弾きミチ坊が独自のスタイルで語り芸を作っていくという内容。民謡や浪曲、歌とセリフを交えた物語に、力強い津軽三味線が随所に入るという新しい話芸作品が3年間で5演目できあがった。特に注目を浴びたのが1986年(昭和61年)12月に発表した『青春次郎長伝』。病気の母親の薬代を稼ぐため、石松が次郎長一家をやめたいという。そこで大政、小政らが石松のために新聞配達や牛乳配達、道路工事、コンビニのアルバイトなどを始める。ラストシーンは、次郎長一家が海までランニング。『次郎長伝』の設定を借りて青春ドラマのパロディが作られている。武春と同年代の若者が中心の客席が大いにわいた。武春がはじけた瞬間である。
 それまでも武春は新作浪曲の発表を行っていた。しかし、浪曲をなりわいにしようという決意が見える武春の存在がうれしくてたまらない先輩諸氏のアドバイスの影響が感じられるものばかりで、一定の評価を受けたのは1984年(昭和59年)8月に浅草公会堂で行われた国友忠、古今亭志ん朝、京山幸枝若出演の「お好み三人会」で演じた『浪曲あいや 親恋三味線』くらいだ。この演目は武春の津軽三味線演奏を聴きどころにした国友忠のオリジナル浪曲である。他の新作は作者や演出家の時代遅れの感覚ばかりが目立つもので、若い武春になぜこんなことをさせるのかと不評を買った。そういった体験を経て、武春がみずから感性を開花させた作品を創作し始めたのだった。

(うたざいもん)
 
うなって語って錦糸町
 武春の取り組みに共感した同世代の若者がブレーンを買って出て、錦糸町西武6階にあったスタジオ錦糸町で1987年(昭和62年)6月から「うなって語って錦糸町」が始まる。武春が古典と新作を一席ずつ、四代目雲月、初代浦太郎といった大御所のゲスト出演、浪曲の楽しさを伝えるお楽しみコーナーからなる浪曲初心者向けの公演だった。新作はまだ駆け出しだった演芸作家、稲田和浩が担当。『風流志道軒』『かっぱ奇談』『明治エキゾチック物語』などさまざまなタイプの物語がネタ下ろしされた。『風流志道軒』は江戸時代、浅草寺境内でおかしな講釈を演じていた深井志道軒の若き日の物語。万能の力を発揮するうちわを授けられて諸国を巡り、ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじや丹波哲郎などと出会う。丹波哲郎は当時、「死後の世界はある」と断言して話題となっていた俳優だ。なじみのある人物が登場する物語に場内は爆笑となった。
 当時、武春が気を配ったのは浪曲の魅力を強く打ち出すことだった。浪曲は落語と同じ演芸として扱われることが多いが、落語は頭で理解し、絵を浮かべながら登場人物の気持ちを把握する芸であるのに対して、浪曲は体全体で音を受けとめ、ノリで聞く芸だといえる。浪曲ファンの中には音楽を聴くのと同じ感覚で、体をゆすって心地よさに浸りながら聴いている人もいる。
このような理由から、若い人を取り込むために笑いを取り入れた芸は演じるが、落語とは一線を画した。落語ファンは落語と同じように理詰めで浪曲を聞こうとし、荒唐無稽な物語展開にあきれてしまうことがあるからだ。

(若き日の武春)
 
  こいつ一生懸命やってるよ、みたいな。すごい勢いのあのエネルギーに酔ってね。気楽には聞けないんだけど、何とも言えないちょっとひと汗かいた感が心地いい場合はまた来たくなるっていう。(中略)頭で聞いたら「あんな古臭いお涙頂戴はもういいよ」っていう、そこを突き破るパワーがないと、浪曲を楽しむところにはなかなかいかないんですよ。なんで今の時代こんな話やってんだって思われたらそれまでなんです。
『東京かわら版 2010年7月号』所収「今月のインタビュー 国本武春」

 

(武春、岩崎節子、国立演芸場)
 
三味線ロック
 落語ファンと浪曲ファンとでは鑑賞方法に相違があると感じた武春は、落語との共演も極力避け、音楽ファンの心をつかもうと考えた。ニューミュージックのように理屈抜きで楽しめる方法はないかと音楽スクールに通い、ボーカルの技術とともに作詞作曲も学んだ。
 レコーディング実習や発表会では自作の曲を自身の演奏で聞かせなければならない。楽器の選択に迷った武春に担当教員は得意な三味線で作曲して演奏するように勧めた。実習では『ズンズンズン』、発表会では『ロックロール次郎長伝』を披露する。「三味線ロック」の始まりである。
 1987年(昭和62年)には津軽三味線全国大会に出場した。サングラスをかけ、津軽じょんから節にDeep Purpleの『Smoke On The Water』を混ぜて演奏して審査員に「邪道です」と言われたが、客席からはヤンヤの喝采。FM局のインタビューも受けた。翌年1月には四谷フォーバレーで「三味線ロック」の名で『笠地蔵』『ロックンロール次郎長伝』『富士88』『ズンズンズン』などを披露した。6月には「うなって語って錦糸町」でも演奏。着実にレパートリーを増やし、11月には渋谷エピキュラスでワンマンライブを開くまでになり、レコードデビューも果たす。学園祭にも呼ばれるようになった。革ジャンにサングラスという姿で登場し、客席に向かって「親孝行しているかい?」と語りかけるスタイルも定着した。
 

(武春コンサート)
 

(革ジャン姿の武春)
 

(バイクに乗る武春)
 

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