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東京コミックショウ~第7回 ショパンの芸の魅力

 

ショパンの芸の魅力

 観客と会話をしながら舞台に引き込んでいく手腕はキャバレーで培ったものだろう。和やかな雰囲気を作りあげながらも、全身で芸に取り組む気迫と熱量に圧倒される。
 
 自身の身の上についても舞台上で包み隠さず語る。ポーカーにのめり込んで痛い目にあったこと。父親は日光東照宮の修繕も手掛けた宮大工で羽振りのよい時もあったが、大酒がたたり、寝たきりになってしまったこと。ダウン症の孫や義足の孫がいることも話す。それについて「『かわいそう』なんて言う人がいるが、それが一番ダメ。親にとっては、その子がかわいい。『大変ですね。頑張ってください』と声を掛けるのがいい」と体験者ならではの思いを伝える。また、さりげなく「俺、酒飲めないんだ」と言ったりする。彼の半生を知れば、酒との壮絶な闘いに勝ったのだと実感させられる。
歴史的な事件などに言及することもある。戦後、桜木町駅で列車が火事となり、多数の方が亡くなった桜木町事故のこと。進駐軍のキャンプまわりをしていた時、江利チエミの歌を聴いて泣いていた米兵たちが、ピーッという笛の音で直立し、歌も中止になった。戦争が始まるのではと心配していたら朝鮮戦争が始まったことなど。横浜のある劇場に出演していた時、「給料日だよ」と経営者が持ってきたのはヒロポンだったという話もあった。
 
 観客に向けて、「戦争のない世の中が続くことを願います」と思いを伝えることもある。またマジックを手伝った観客などにヘビのおもちゃをお土産に渡す際、「日本人は挨拶をすることを忘れました。プレゼントをもらったら、『ありがとう』と言いましょう」などと言い添えることもある。かと思えば、猥雑な言葉も口にする。
46歳の時のショパンをインタビューした鎌田忠良は「猪狩さんのコトバは、弾丸である。まさに一発で、狙う相手を射すくめる。そのとき彼の声は、威嚇の銃声にも等しい。と思うと、その声は急にくずれて、なまめく。気づけば、艶な女がそこにいる。そして、彼が語るとき、底抜けの笑いがたえない」と述べている。その状況は70歳を過ぎても衰えることがない。
舞台上で「協会に入っていないと出られない演芸場が多い中、にぎわい座はそんなことがない。まさに夢の劇場です。にぎわい座よ、いつまでも。大入り袋も頂きました」とほめたたえたと思ったら、「百円しか入っていないけど」と落とす。こんな冗談もショパンだから成り立つ。
 
貴重な教え
 間近で接して気づいたことだが、ショパンは冗談を言っている時も目は笑っていない。常に相手の表情を冷静に観察している。そしてフトコロに飛び込み、心をわしづかみにする。
酔客の扱いも見事だった。ある日のこと、公演が進むにつれ、酔いがまわって、野次を飛ばし始めた観客がいた。舞台袖で出番を待っていたショパンに「あのお客さん、帰ってもらいましょうか」と尋ねたところ、「大丈夫。酔っ払いの扱いは慣れているから」との答え。そしてショパンの舞台となった。その最中にも酔客は騒ぎ出した。即座に「どうだい、酔っ払い!」とショパンが声を掛けた途端、酔客は席を立った。声は穏やかだったが、鋭い眼光に射抜かれたのだろう。酒飲み相手にしゃべる勉強のために、ポール牧が舞台を見に来ていたという逸話も残る。
 女性コントグループだるま食堂がショパンの楽屋に挨拶に行くと「テレビ局や評論家の連中は次々に新しいネタを作れと言うけど、そんな話に乗っちゃあいけないよ。この人でなければという一ネタを作り、演じ続けることが大事だよ」と熱く語った。自身の経験として、「ヘビの芸ばかりやって」と腐されたので、別のネタを用意して行ったら「ヘビの芸やらないの」と言われたことがあったという。「まわりの言葉を気にしていたら六十何年もやれない」と付け加えた。
 
 私にも劇場職員としての心得を教えてくれた。「こういう劇場の仕事をしていると酒を御馳走になることが多いだろう。それに慣れちゃあいけないよ。酒が飲みたかったら自分で金を払いな。そうすれば、いつまでも飲み続けることがないから。“ただ酒”だと飲み過ぎてしまう。そうやって若死にした芸人が多いんだ」また、芸人の気持ちに立って仕事を依頼しなさいという話から「NHKは勝手に俺の芸に『三蛇調教』なんて名前をつけた。そんな名前なんてつけるなって言うの。ヘビのショーとかヘビの芸でいいの」。確かにヘビたちのかわいい表情が魅力であるこの芸が「三蛇調教」では味気がない。とは言うものの、不快な思いをショパンが制作サイドに伝えたかは定かでない。立場の異なる相手との意思の疎通の難しさ。貴重な教えを頂いたと感謝している。強烈な個性を持つ芸人の気持ちに寄り添うのは困難だが、制作者の努力は必要だ。芸をするのは芸人であり、気持ちが乗れば予想を超えた出来映えを見せてくれることもあるからだ。 
 


 
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