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横浜にぎわい座は、落語、漫才、大道芸などの大衆芸能の専門館です。

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第8回.突然の別れ

 

 16歳から芸人となって60年ということで、2005年(平成17年)5月4日に「芸歴60年!東京コミックショウの爆笑演芸会」を開いた。「東京コミックショウは、にぎわい座に来ないと見られないようにしたい」「2階席まで一杯になるようにしたい」といつもおっしゃっていたが、この年の正月公演から2階席まで多くのお客様で埋まるようになり、大入り袋を渡すことができた。
 
 次に公演をお願いしたのが同年10月1日。この日は千重子夫人の近影を舞台に飾ってショーを行った。当館への出演も8回目。そのたびにショパンと弟子の衣装は違うものになっていた。千重子夫人は舞台に立たずとも、新しい衣装を縫い続けてショパンを支え続けている。「チーちゃんはコマーシャルに出て、私より稼いでいます」とうれしそうだった。
この日もショパンは茶目っ気たっぷりの舞台で客席をわかせた。「次の公演は来年正月か2月にお願いします」と言って別れたのが最後の別れとなった。
 
 11月半ば、逝去の知らせを受けた。心不全。千重子夫人に見守られての最期だったという。舞台では常々、「歳を取ったら親しい人に頼られてあの世に行ってください」と述べていたことを思い出す。
遊び心に満ちたショパンの公演は昨今の洗練された舞台芸能とは一線を画している。土のにおいを感じさせ、縁日や祭りの風景をほうふつとさせる。ショパン猪狩は祝祭に欠かせないまれびとの系譜に連なる芸能者であったと思う。
 
追記 当館のヘビのショーでヘビを操った弟子は現在、「とみーとみー」という名で二代目東京コミックショウとして活動している。当館での3年間、8回の舞台では、最初はヘビがザルを閉めるタイミングがずれていたり、マジックの際もアシスタントでありながらショパンの動きを邪魔していたりした。その都度、終演後にショパンに叱られることで学び、次第にヘビに表情がつき、ショパンを引き立てる動きもできるようになってきた。過去の弟子たちはこの辛抱ができなかった。叱責こそがショパンの愛情ある教育であることに気づけなかったのだ。
 
ショパン猪狩(しょぱんいがり。本名=猪狩誠二郎)コメディアン。1929年(昭和4年)6月20日-2005年(平成17年)11月13日。76歳。
 
当館の出演記録
2002年(平成14年)8月10日 神田陽子が語る女の恨み「四谷怪談」演芸フレッシュ競演会
2003年(平成15年)5月3日 爆笑演芸会②
2003年(平成15年)7月9日 東京コミックショウの横浜コメディ玉手箱
2004年(平成16年)2月7日 爆笑演芸会
2004年(平成16年)6月10日 爆笑演芸会
2005年(平成17年)1月9日 爆笑演芸会
2005年(平成17年)5月4日 芸歴60年! 東京コミックショウの爆笑演芸会
2005年(平成17年)10月1日 爆笑演芸会 
 

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