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東京コミックショウ~第5回 マネージャーの裏切り

 

マネージャーの裏切り
 日頃からショー芸人を見下す言動をとっていたマネージャーとショパンの溝が深まり、マネージャーが退職した。続いて弟子2人もやめた。マネージャーは弟子たちに独立の根回しをしていたのだった。鯉口にも働きかけており、鯉口もやめてしまう。弟子たちは舞台の道具類を少しずつ持ち出しており、東京コミックショウのネタで活動を始めた。グループ名は「東京ジャンボコミック」。「東京コミックショウ」をしのいでやろうというネーミングだろう。
 ショパンには精神的ショックもあったが、先々のスケジュールをこなすための人員確保が急務だった。必死な思いをして見つけたメンバーも長続きしない。一週間、三日、中には一日でやめた者もいた。この当時、出入りした者は50人を超える。常に補充が必要となり、ストレスも大きく、毎晩、浴びるほど酒を飲み歩き、浮気もしたと告白している。
 
 そんなとき鯉口さんたちのテレビを見た。ショックだった。うちらがキャバレーの仕事を取るのに苦労しているようなときに、鯉口さんたちは結成から数ヵ月のうちに、もうテレビに出るところまでにのし上がってきたのである。いったいどんな舞台なのか。興味津々でブラウン管を見つめた。相撲のネタ。うちでやっていたのと同じものだった。なんだ。うちでやっていたのをやっているだけだ。そう思い少し安心したが、それからまもなくして、またテレビに出た。今度は雪之丞変化。これはうちではやっていなかったネタだった。雪之丞と闇太郎が早変わりするというもの。くやしかったが、おもしろかった。『グリーンスネーク COME ON!』
 
 この2本のネタは「花王名人劇場特選 一芸名人集」のビデオに収められている。監修者の澤田隆治メディアプロデューサーはジャンボコミックについて次のような感想を記している。
「いろんなおもしろい小道具を考えてそれをサラサラとみせて笑わせる枯れた芸風の鯉口さんと、ショパンさんのエネルギッシュな個性とがぶつかるかつてのコンビネーションには、スケール感と迫力では及ばないが、『珍場所大相撲』の優勝杯や検査役の衣装などのおもしろさはこのチームならではのものだった」
 この指摘は的を射ていると私もビデオを見て感じた。いろどりにはなるが、トリの芸としては弱い。ショパンが恐れるほどの相手ではない。しかし当時のショパンにはそのような心の余裕はなかった。
 
アルコール依存との闘い
 メンバー探しも限界にきていた。やめていく者は皆、「ショパンの親父さんにはついて行かれない」と捨て台詞を残していく。一代芸の芸人は孤高であり、いい意味で自分を大事にする。それゆえ若い者はついていけないのだと考えた千重子は自分から志願してコンビに加わった。しかし、舞台の出来栄えは以前の水準には届かず、「女房を舞台に出しているそうだ。素人にやらせるなんて」と陰口をたたかれたり、「ずいぶん、ひどいねえ」と面と向かって言われたりもした。その憂さを晴らすためにショパンは毎晩一升以上の酒を飲むようになった。仕事先でも時間があれば居酒屋で時間ぎりぎりまで飲む。帰宅してからも明け方まで飲む。千重子の舞台内容を責めて飲み続けることもあった。
 1人残っていた弟子もやめ、夫婦2人だけになった。ヘビとマジック以外のネタはすべて捨てることを決意。
思い切った決断により、気持ちが吹っ切れたショパンは会場の雰囲気を見て観客と遊ぶことができればいいと考えるようにもなる。ヘビのショーで千重子が頭を出したところで「うちのかみさん」と紹介したところ、驚くほどよい反応があった。それまでは千重子が顔を出すと静まり返ってしまった。観客には女性が出てくるという演出が意外過ぎたようだ。
 楽しく仕事ができるようになったが、ショパンのアルコール依存は続いた。
 1980年(昭和55年)5月11日。浅草・松竹演芸場出演の初日の朝、千重子が倒れた。病名は「横行結腸壊死」。腸が破裂していた。危篤状態が1ヶ月以上続き、絶望感に襲われたショパンは3ヶ月先まで決まっていた仕事をキャンセルし、酒をあおり続けた。
 千重子はそれまで陰に日向にショパンに尽くしてくれていた。寝たきりで認知症の姑の介護も献身的に行い、日常的に舞台衣装を縫い、マネージャーがやめた時にはマネージャーの仕事もこなした。そして舞台でのパートナーにもなってくれた。ストレスがたまっていたことは明白だ。手術を2回行い、入院は3ヶ月に及んだ。
 入院期間中、ショパンはアルコールとニコチンの中毒に陥っていた。酔っ払って集中治療室でタバコを吸っていると、看護師が飛んできた。病室には酸素ボンベが何本も置いてある。酸素に引火して爆発したらどうするのかとなじられた。
 
「あなたは死んでもいいかもしれないけど、病院の人がみんな死んだら責任なんかとれないのよ」
返す言葉がなかった。
「わかりました。すみませんでした」
 その場でタバコを消して、もう絶対にタバコは吸わないと心に決めた。チーチャン(筆者注:千重子の愛称)が生と死の間で戦っているのなら、俺もタバコをやめるために自分と戦おうと思った。何百カートンもあったタバコも、何十個も持っていたライターも全部人にあげて、どんなことがあってもタバコは口にしなくなった。看護婦さんの声は神の声だった。でもいつも悪魔の声が「一本ぐらいは……」と聞こえてきて、悪魔と神が戦っていたが、その戦いもいつのまにか終わっていた。チーチャンの病気のおかげで、タバコはきれいさっぱりやめることができたのである。『グリーンスネーク COME ON!』

 
 しかし酒の誘惑には勝てなかった。禁酒を誓ってもまた飲み始めてしまう。浴びるほど飲み、絶えず二日酔いの状態が続くようになった。
 

 
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