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第2回.油絵との出会い

 

油絵との出会い
 似顔絵漫談で初めて舞台に立った時、数年かけて修行を積んでいたのに手が震えてしまった。絵を描くのに一生懸命だったため、会話もうまく進まず、同じ質問を繰り返したりもした。しばらくは不安を抱える日々が続き、家に帰ってからも、いろいろな人の写真を見ながら練習を繰り返した。そして次第に余裕を持って描けるようになった。1990年(平成2年)には「色物にて候」公演で文化庁芸術祭に参加。「似顔絵漫談」が話芸として評価され、芸術祭賞を受賞した。
 賞を励みにして意気揚々と舞台に立っていた時に衝撃的なことが起きた。国立演芸場で似顔絵のモデルとなったお客さんが文化功労賞の表彰式の帰りだという画家だったのだ。これが縁となり、その先生の個展にも通ううち、本格的に油絵を習おうと考えるようになる。
 
 油絵と出会って本当によかったなと思いますね。得たものは大きい。先生にいろいろアドバイスしてもらうでしょ。とにかく基本をしっかりやらなきゃいけないとか、まず大まかに見てから細かいところに入っていくとか、無駄を省けとか、絵にもテンポがあるんだとか。それがね、舞台の芸も同じだと気づかされるの。何を伝えて笑ってもらうか。その組み立ては絵と同じなの。
 (『NHK趣味悠々 覚えて楽しい! 似顔絵教室』)

  
 デッサンができるようになると、人間の骨組みを知って描けるようになった。全体を見るようにすれば、顔もひとつの形で捉えられるようになったし、四角い顔の人は目、鼻、口も全部角張っていることにも気がついた。
 舞台で限られた時間内に似顔絵を描くにはスピードが肝心だ。細かいところは気にせず、その人の最も特徴的な部分を大事に描くという。たとえ口の描写でつまずいても、他で補えばよく、雰囲気が似ていることが大切。下描きなしで一本の線で仕上げる。そのように一発で描き上げるからこそ、迫力あふれる似顔絵になる。油絵で習得した基礎が生かされている。
 
自然体の舞台
 ピーチクの似顔絵漫談は世相や政治家についてぼやいてから、自身の経歴を語るという始まり方が多い。油絵を習い始めて5年後に二科展に初出品、以後、5年連続で入選していると話し、「こういうこと、あんまり言いたくないの。でも、5年連続入選と言った途端にお客さんの物腰態度が急に変わるの」と補足する。気持ちを見透かされた観客は大爆笑。このようにして観客の心をつかみ、モデル選びに入る。「なるべく遠方の方がいいですね。九州、北海道、日本海方面からいらした方は大歓迎です。描いてて気が楽です。二度と会わないから」。
 モデルが決まると、質問を始める。「隣にいる方は奥さんですか」プライベートに関わることを聞かれ、なかなか答えようとしない人には「そんなに深く考えなくていいんですよ。ただ聞いただけですから」と言い、饒舌に答えすぎる人には「聞かないことはあまりしゃべらないでください」と突っ込む。会話をキャッチボールととらえているピーチクは相手の反応にあわせて当意即妙の受け答えをする。乗せられて朗らかに話し出す人もいれば、寡黙ながら心を許しているのが分かる人もある。「さっきまで難しい顔をしていましたが、ニコニコといい顔しますね。その表情が大事なんですよ」と言いながら、「さ、できた」と言って、改めて絵と御当人を見比べ、「あれ、全然違う。なんだ、これは」と愚痴る。客席がわき、それが収まるまで待って絵を観客に見せる。モデルの御当人が喜ぶできばえだ。今度は拍手が起こる。ピーチクに気負いは感じられない。まさに自然体の舞台だ。
「本当は目が小さいんだけど、大きくした方がいいかなと思って」と補足。絵に愛情があふれている。ここにピーチクの似顔絵漫談の最大の魅力がある。
 
 お客さんに喜んでもらうと私も元気になりますしね。だからこそ、気持ちを込めて描きたい。今は毎日、お客さんに支えられて生きているんだなぁって実感してるんですよ。
(『NHK趣味悠々 覚えて楽しい! 似顔絵教室』)

 
静かな意欲
 ピーチクの当館への出演は6回に過ぎない。うち5回は漫談での出演だが、2002年(平成14年)の「玉川スミ芸能生活80周年記念」公演ではスミと漫才を演じた。この公演はスミの多才ぶりを見せるもので、本芸の三味線漫談の他にマジックや浪曲も演じている。足腰がしっかりしていれば、お得意の「松尽くし」も演じたかったと述べていた。「松尽くし」とは松の絵が描かれた扇子を手で持ったり、足の指にはさんだりして、一の松、二の松、三の松……と扇の数をふやしていく舞踊だ。片足立ちになったりもするもので、80歳を超えていたスミは断念をしたのだ。しかし、その意欲と多才ぶりを見たピーチクの心に火がついた。「私も芸能生活50年。80歳になったら記念公演をやってくれるかい」と舞台袖でおっしゃった。大きな宿題を課されたと私は感じた。松戸駅で行われた絵画展に特別参加されたと聞き、足を運んだ。実直さが伝わる丁寧な筆致だった。後にその絵とはまったく印象の違う灰色の色調で描かれた牛の頭蓋骨の絵を見た。人間をくわえ込んでいる。乳をしぼられ、頭から尾まで食べられて頭蓋骨だけになった牛が最後の最後に人間を飲み込んでいるということだろう。幾多の辛苦を乗り越えてきたピーチクの不屈の精神をそこに見た。
 しかし、その後、ピーチクの口から記念公演の話は出ることがなく、当方からも触れなかったので、宿題を成し遂げることはできなかった。
 
晴乃ピーチク(はるのぴーちく。本名=直井利博)似顔絵漫談。1925年(大正14年)9月28日- 2007年(平成19年)10月23日。82歳。
 

 
当館の出演記録

開催日
2002年(平成14年)9月2日 東西漫才・爆笑演芸会①
2002年(平成14年)11月3日 玉川スミ芸能生活80周年記念
2003年(平成15年)4月1日 演芸家連合まつり
2005年(平成17年)6月14日 第38回 横浜にぎわい座有名会④
2005年(平成17年)11月11日 第43回 横浜にぎわい座有名会①
2006年(平成18年)12月14日 第56回 横浜にぎわい座有名会④
 

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